《婦人像》についてのエッセイ
4月中旬、私は図書館で小磯良平の作品全集を開き、途方に暮れていた。
Eunoiaで個展が決まり、折角ならと神戸にまつわる題材を構想していた。姫路市出身である私にとって、神戸は近くて遠い都会だった。遠く離れた場所に住む今になっても、私にとって憧れの場所である。そして神戸出身の小磯良平もまた、私にとって憧れの対象だ。県下の美術館では、小磯の作品によく出会う。長い浪人生活の間に、その絵に、そこに描かれた女性の美しさに憧れ、何度励まされたかわからない。
私はこれまで絵画とタイトルの関係、名前や語順といった言語の構造を主題に、絵画やインスタレーション、映像を制作・発表してきた。「カットアップ・テキスト・ペインティグ」というシリーズでは、カットアップと呼ばれる元となる文章を切り刻み、新たな文章を作り出す手法を絵画に転用しており、この手法を小磯の絵画のタイトルでも試してみようとしていた。
しかし、冒頭の通り、小磯のタイトルを調べるうちに頭を抱えてしまった。あまりに単純なタイトルばかりだったからだ。『小磯良平全作品集』(求龍堂)に掲載されている作品を一つずつスプレッドシートに入力していく(もっと効率的な方法があると思うが、私はこういう作業が何よりも好きなのだ)。はじめは順調に《池畔の亭》、《林本源庭園》、《休息するダンサー》と打ち込んでいったが、1時間も過ぎたころ、腹が立ってきた。《婦人像》、《婦人肖像》、《婦人座像》と、あまりに「婦人」を冠したタイトルが多いからだ。入力し始めて3時間が経ち、さらに胃がむかむかしてきた。《婦人像》があるならば、《男性像》または《紳士像》があってもおかしくはない。数えられる程ではあるが、男性の肖像は存在する。しかし、それらはほぼ全て《小林一三肖像画》、《朝比奈泰彦氏像》など名前がタイトルとして冠されていた。これは描く対象がどのような属性であるかが関わってくる。《婦人像》の女性は小磯が自発的に描こうと思い、モデルを雇い、(もしくは家族が被写体の場合は無償で)描いていく。対して男性像は「肖像を描いてくれ」と依頼され描いたもので、そこに名前がタイトルになることには必然性がある。女性像の中にも《宮崎喜美子氏像》などの名前を冠する作品も数枚存在するが、その不均衡さは明らかだった。この構造は理解できる。理解できるが、腹落ちはしない。あれほど憧れた小磯を遠くに感じはじめていた。私は、《婦人像》に描かれた女性たちの本当の名前が知りたくなった。
一般にこのような場合、実際の名前をリサーチするというアプローチをとるように思う。神戸市立小磯記念美術館にモデルの氏名を問い合わせたところ、プライバシーの観点から答えることができないという回答をいただいた。そこでどのようにすれば本当の名前を突き止められるかを考え始めたのだが、ふとある疑念を抱いた。女性の名前がわかったことで、何が知れたことになるのだろうか。「婦人」とされた女性が仮に「愛」さんであることを突き止めたとして、彼女を知ったことになるのだろうか。どれだけ彼女に関する事実を集めたところで、永遠にこの問題からは離れられない。しかし、彼女に迫ることを諦めたくはない。断片を集めて形づくるのではなく、解体することで彼女を浮かび上がらせる。あらゆる可能性を包含したものを顕然化させ、彼女がいる世界をそのまま提示するべきだと思った。
そこで本展では、二文字、三文字、四文字の平仮名全ての組み合わせを想定し、24,010,000通りの名前を印刷した紙を展示する。「あああ」「ああい」「ああう」……と、組み合わせうるすべての文字列を並べ、A3用紙で6,422枚。この膨大な紙のどこかに、彼女たちの本当の名前が必ず含まれているはずだ。
小磯から出発したこの試みを続ける中で、表象としての《婦人像》に視点が移った。《婦人像》を《婦人像》たらしめているものを捉えたいと考えた。どこまでが《婦人像》で、どこからが《婦人像》ではなくなってしまうのかを判断するには、それは絵画でなくてはならない。「婦人」を描いたなら、腕の一部であっても《婦人像》となり、白抜きであっても《婦人像》となりはしないだろうか。また、《婦人像》というタイトルならば、何を描いても《婦人像》になってしまうのだろうか。つまり、風景を描いた《婦人像》もあり得るのではないか。屁理屈に聞こえるかも知れないが、文字の作品で行ったように、あらゆる《婦人像》の可能性を探っていきたい。
小磯が名付けた《婦人像》への批判から始まった本展であるが、制作を進めるうちに小磯への憧れがむしろ強まっている。何より、描かれた女性の美しさには憧憬の念が絶えない。このような女性になりたいとすら思う。しかし、無論「婦人」になりたいのではない。このような倒錯を私は抱えている。《婦人像》に怒り、また同時に憧れている。