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絵画とタイトル生成の関係性について

 17世紀までの⻄洋美術史において、絵画を観るのは注文者である教会や貴族、教会へ礼拝する信者などの限られた人々であった。貴族の肖像画であれば、タイトルがなくても誰が描かれているか分かれば事が足り、教会に描かれた宗教絵画は、新約聖書の物語を知っていれば、そのタイトルがなくてもどの場面が描かれているかが分かる。また、 教会の壁に描かれたフレスコ画は、その絵が壁から動くことがないため、その場所と画家名をいえばどの絵であるかが伝わる。その一方で、演劇や文学が古くからタイトルを持っていたのは、公開あるいは流通することが前提だったためである。i  不特定多数に宣伝し、多くの人に知ってもらう必要があり、他の作品と識別する観点からタイトルは要請されたのだ。

 美術においては、18世紀後半のサロンや王立アカデミーの展覧会に作品を出品することで、絵画が広く一般の人々に受容される契機となった。ルーブル美術館の絵画部門の学芸員フレデリック・ヴィヨは、美術館のカタログを制作するにあたり、 「画家名」「画家の伝記」「タイトル」「タブローのサイズ」「画材」ii などの項目を必須とすることで、カタログを読むだけで作品を想起できるシステムを作り上げた。同様の手順で、その他の過去作もタイトルが決定されていたため、その多くは絵のなかのモチーフを説明するにとどまっている。 19世紀において、社会の構造の大きな変化により、芸術の受容の在り方や、芸術家の意識にも変化が訪れた。画家は依頼された主題ではなく、自らの創作上の動機にもとづいて、絵画を制作するようになった。この時期から、画家自身が絵画にタイトルを付ける習慣が広まったと言えるだろう。この時代の絵画のタイトルを分析すると、「モチーフ(描かれたモデル・物・場所)」「状況」「心情」と大きく分類することができる。ここで筆者が注目するのは「心情」である。これまで絵画に 描かれた世界を説明するにとどまっていたはずのタイトルは、制作者の心情を表す 器となった。

 この傾向は、20世紀になるとより強く反映される。再現性をもった絵画を描いて いたときには、その説明のみで良かったはずのタイトルが、抽象絵画の誕生において重要性を増してくる。一つの⻩色く塗られた絵画を、「花」と名付けるか「戦争」と名付けるかで、鑑賞者が喚起するイメージが全く異なる。制作者によって付けられるタイトルは、ほとんどが鑑賞者の鑑賞・受容を補助する態度の現れでもある。

 このように、近代においてタイトルの持つ意味の比重は増しているが、制作者が作品にタイトルを付けるプロセスは明らかになっていない部分もあるだろう。画家がタイトルを命名する意義、どのような根拠やモチーフ、文脈の関係性によって名付けられるのか、強い関心を持つようになった。

実際のプロセスについて

 社会人文学者の村田千尋は『題名の社会史』という論文のなかで、タイトルは、「識別」「宣伝」「説明」「伝統」という分野に分けることができるiii と述べている。私はこれに加えて「発想の根源」という観点を加えたい。より絵画とタイトルの関係性を明らかにするためには、これまでタイトルの歴史が持っていた、描かれ た絵画を説明するために補足的に使われる言葉という構造を逆転する必要があると考える。そのために、絵画が出来上がったあとではなく制作の発想源となるため に、作品が描かれる前にタイトルを決める方法論を考案した。

 ここで、タイトルの生成を起点とした制作方法を具体的に述べていきたい。その制作方法を決定する上で、ダダのカットアップを参照した。カットアップとは、 1920年代ダダイズムのトリスタン・ツァラが、新聞記事から切り出した言葉を袋に入れ、ランダムに取り出した言葉によってつくられた詩を先例にし、1950年代に画家・著述家のブライオン・ガイシンが発展させた文章を生成させる手法である。手順としては、第三者が書いた文章をカットアップにより再構成し、生成された文章を元にマインドマップを作成して、文章とマインドマップを元に絵画制作を行っている。(fig.1) 元となる文章は、筆者の身近な事柄を題材としている。定期購読して いる新聞や受験期に使用していた単語帳、大学の友人が⻑年書いていた日記、サブスクリプション契約している動画配信サービスで配信されている映画の字幕、現在使用している扇風機の説明書を使用し、絵画を作り出すことを2020年から始めた。 それらの文章を切り刻み再構成することで、私と世界の関わりあいを絵画によって表す試みである。

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(fig.1)文章を元にした制作方法の展開図

展示する作品では、自宅で使用している扇風機の説明書を選択した。練習に際しての解説・注意点を切り刻み(fig.2)、文章を再構成した。

以下は、一つの説明書から生み出した例文である。

(1) 動植物に直接風を当てない

(2) 修理業者以外の方が、羽根を取り外せません

(3) ぬれた手で障害物を取り除いてください

(4) 加熱性のもののそばで、電源ボタンを押す

(5) リズムモード、おやすみモード

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(fig.2)扇風機の説明書を切り刻んだ図

例として挙げている「修理業者以外の方が、羽根を取り外せません」という文章を手がかりに、発想を広げたのが下記の図である。(fig.3)

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(fig.3)「修理業者以外の方が、羽根を取り外せません」 という一文から発想を広げたマインドマップ

 ここでは、誰がこの言葉を言っているのか、修理業者とはどんな人であるのか、具体的に発想を広げた。絵画の制作においては、文中の「羽根」という物質感のある言葉を「生き物の羽根」として設定している。

 タイトルとなる文章は制作者が選定するものの、内容は第三者が書いた文章に限ることで、そのイメージの根源を内省的なものに留めず、広く外部からの関わりあいの中で、不規則なタイトルを連鎖的に生成することが可能となる。タイトルという制度・慣習が、近代に生み出され、それまでにあった名もない絵画にタイトルが与えられたという経緯も関係してか、今日においても作品は完成した後に名付けられることが多いだろう。しかし、絵画の数だけタイトルがあり、また絵画とタイトルの関係も単に因果関係や説明に留まらず、豊かな関係をもつものであるならば、 この様々なタイトルを生成する手法を通して、自分も予期しない絵画を生み出す展望を見いだせるだろう。

i 村田千尋「題名の社会学 : 芸術作品と題名の機能」『北海道教育大学紀要 人文科学・社会科学編,56(2):103-117』 2006年 p107

ii 島本浣『美術カタログ論』三元社 2005年 p171

iii 村田千尋「題名の社会学 : 芸術作品と題名の機能」『北海道教育大学紀要 人文科学・社会科学編,56(2):103-117』 2006年 p113