文学と絵画の比較は古来より議論されてきたが、アーティストとしての私の第一の命題は、絵画はいかにして言葉を超えられるのかということである。

 文学が絵画より優れていると考える理由は、図像によるイメージの固定化がないためである。登場人物の顔や立ち姿、物語の舞台となる背景などは、すべて読者の想像力の中で行われる。レッシングは、「読者は詩人の書く主人公のがいったん好きになってしまうと、その主人公の高貴な性質にすっかり夢中になってその肉体の姿などまるで考えない」と語るが、その言葉通り文学には肉体の姿は必要としない。そのため、私が描く作品の人物の多くは身体を持たず、その存在は背景の色によってのみ明らかになる。あたかもスプレーで人物の周辺をなぞるように、あるいは、サイアノタイプのように物体を置いた部分のみ感光されず、地の色のまま白く保たれているかのように。今は存在しないものが、存在していたことを証明するために人物を描いている。「透明人間」とは、多くの人の目には映らず無視される存在に思われるが、私は肯定的に存在を認めている。

透明人間が主人公になれる世界こそ、絵画が文学と同等となるのではないだろうか。